『ちゃかし(仮)』からの抜粋

賢二は居間のソファに座り、背もたれに足を乗せて窓の外を見ていた。こうして何気なく時間を過ごしていると、大体決まって中学時代を思い出す。なぜか左のもみあげを剃って、長いかみを右に流していた賢二は、女子曰く、「少しキモイ」男子生徒であった。髪を剃った理由は特には覚えてないが、多分衝動的だったのだろう。賢二としては別に気取っているわけでも、なりたい自分があったわけでもない。とりあえずやることもなかったので、試してみたまでだった。それが高校を卒業するまで彼の学生時代に傷をつける可能性など微塵も考えていなかった。イメージというのは怖いものだ。

そんな賢二にも恋愛のチャンスは何度かめぐってきた。

「おーい、切り込み隊長―。」

呼ばれるたびに胸が少し痛くなるあだ名を満面の笑みで呼びかける弘明はとてつもなく。。。

「なんだ、デブ。」

「おう!この後暇か?」

答えがわかっている癖に毎回聞いてくるこの質問には嫌気がさしたが、弘明からはこれっぽっちの悪意も感じ取ることはできなかった。

「あぁ。」

「茶道部いこうぜ。レッツらティータイムでしょ。」

特に予定も反発する気力もなかった賢二は一時間後には茶道室の畳の上で正座をしてばかうけを食べていた。小さな四角いちゃぶ台を囲むのは自分と弘明のほかに、紫の眼鏡をかけた、異様にスタイルのいい佐藤美月。この部の経理らしい。そのとなりには青い眼鏡の仮屋崎あずさ副部長。そしてノー眼鏡の茶道部部長、綾坂奏。美月は背筋を伸ばしながら弘明と賢二を比較するように素早く目線を交互に動かしていた。その隣ではあずさがお茶をすすりながら男二人に鋭い視線を浴びせていた。奏は崩さぬ笑顔で、胡坐をかいて部屋中を輝いた瞳で見舞わす弘明と、とりあえずばかうけを食べる賢二を見ていた。

「あ、」

美月は床を見ながら口を開いた。

「よくわからないのですが、見学という形で合ってるんでしょうか。茶道部はあまり見学者がくるところではないので、あまり慣れてなくて。。。」

「それよりさー」

あずさはおもむろに髪を触り、窓の外を見ながら口を開いた。最近割いたのだろうか、ボブというよりはふわりと浮かせてウェーブをかけたセミロングになっていた。

「なんでって話だよね。おかしいじゃん。茶道とか興味なさそうだし。よくわからないな。別に変な奴らじゃなさそうだけどどんな魂胆なのよ。」

「うーん、惜しいな。」

人差し指を顎に当て、少し考えるふりをしてから奏は言った。

「もうちょっと黙ってれば可愛かったのにな。いいじゃない、人が来たんだから茶道で迎えたんじゃない。それが茶道部のいきがいと言ってもいいはずよ。」

そういって天然のウェーブがかかった茶色い髪を輝かせながら奏は賢二を向くと、

「ねえ?」と言った。

そこには緊迫した空気が流れるはずだったが、隣のデブがすべてぶち壊した。

「いやー、なんというかいきなり来ちゃってすみません。なんか暇だなーって思って、茶道部って面白い人たちがいたなって思って、あ、お茶とお菓子も食べれるし、って思って来たら美女が三人も出迎えてくれたのでちょっと舞い上がってます、はい。なんかもう居心地が良すぎてくつろいじゃってるんですけど、この部屋すごいですね。」

そういうとデブあきは立ち上がって部屋に飾られてある障子や花瓶を近くまで行って見物しだした。ずっと弘明を見ていた目を戻すと、奏はまだ賢二のことを見ていた。

「いや、はい。友達を作る過程でここに来るということに、はい。どちらかというと経験の一部として来ました。気分を害したなら謝ります。」

「ほら、あずさ。謝らせるんだから。そういう態度だから彼氏出来ないんだよ?」

「ちょ、それはちがっ」

「気にすることないですよ。美月が言ったようにうちの部にはあまり来客はないので、二人とも対応に困ってるだけです。私は部長として来客を歓迎します。賑やかなほうがいいし。」

そういうと奏は首を少し傾げて微笑んだ。その笑顔はその部屋にいた全員を和ませ、緊張感はどこかへ消えてしまった。その笑みが計算されたものだとしても、賢二はどうでもよかった。

「でも来たからにはお二人方のことをもっとよく知るまで帰らせるわけにはいきません。大きい方の方は校舎のほうでよく見かけますが、あなたは覚えている限り今回が初見ですよね?」

賢二は「大きい方の方」という表現に笑みを隠せないまま頷いた。奏が指摘したように、大体の部に友達が数人いる弘明とは違い、賢二はどちらかというと自分の殻にこもり、周りを観察する毎日を送っていた。特に寂しくはなかったが、まあつまらないやつだと言われればそうなのだろう。

「ま」

「とりあえず、」

喋りかけた賢二の肩に腕を回し、弘明が一人ツアーから戻ってきた。

「部長さんが言ったように俺は友達を作って、人といろいろやるのが好きなので、その一環として来ましたー。でまあこいつと仲いいので誘ったら快く了解してくれたのでこういう形になったんっすよ。」

「ま」ってなんだよ。賢二は心の中で自分が何を言おうとしていたのか探ってみたが、その深い谷からは当然のようにやまびこは聞こえてこなかった。

「そうですか、それはまた尊敬します。そこまで執着して友達を作れる人ってあんまりいないですからねー。」

奏は笑顔を崩さずに会話を続けたが、その優しい口調で発せられる言葉には独特のトゲがあるように思えた。思い違いか。

「まー」

少し機嫌を直した様子のあずさが姿勢を正しながら口を開いた。

「あれじゃん。とりあえず悪いやつらじゃなさそうだし。」

「悪いです。」

賢二は口を開いた瞬間に後悔した。部屋中の視線が自分に集まっている。何か言わねば。

「俺たち。。。めっちゃ悪いです。」

一瞬の沈黙の後、一人だけ腹を抱えて笑い出した。

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