父のいない坂

母校に着くまでには冬の日でも汗だくになるほど過酷な上り坂がある。あるというよりも駅からの道のりが全て坂である。毎日そこを、母校の男子校に着く為に汗臭い中高生がじゃれ合いながら、時には教科書を片手に、あるいはダッシュで上っていく。これが何十年も続いていて、ある種伝統と呼んでいいのかもしれない。

その坂には、特に名前はない。しかし、その上をすり減った革靴で歩いていった中高生は家族を持ち、その名を受け継ぐ息子がまた同じ道を辿っていく。私が通っていた頃も、父親が卒業生だ、という同級生は少なくなかった。そういうコネが強い社会には少々嫌気がさすが、今では少し名残惜しい。でも私の父は、その坂を毎日歩く経験はしていない。母の強い願いがあって、坂の上の私立校に入れてもらったわけであり、同じ道を辿るというより、父が私の前に延びる道を切り開いてくれた。

今では私はアメリカの大学に通っている。田舎のイメージが強い地域にある学校ではあるが、私自身は気に入っているし、東京に負けないほど面白く、革新的な街である。大学もエネルギーと教養を兼ね備えた人材が揃っていて、毎日刺激を受けられる、作家志望の私にはありがたい環境である。そのキャンパス内にもやはり、坂がある。坂というよりも、キャンパスのシンボルである図書館を中心に、そこから全体的に下り坂になっている。なので、私の住んでいる学舎から授業のある建物までは、また上り坂である。そこは母校までの坂程長くはないが、大学生活の疲れを含めると、それなりの過酷さがある。その坂は、前者とは違い、一人で歩いている感覚がある。同じ大学に通う生徒が何人も通り、未だに通っている道ではあるが、皆が皆自分の将来への可能性に賭けた投資に必死である。この私も、その一人である。一人で暮らして初めて親のありがたみが分かると言うが、この坂を上る時にたまに父のことを考える。もちろん、大学に通えることを含め、アメリカでの暮らしを全面的に支援してくれているのは主に父である。しかしこんな私がアメリカで文学を学び、将来幸せになるためにここまでしてくれる父のことを思うと、寝不足であっても、熱が出ていても、足首をひねっていても、三日酔いでも、授業に向かう一歩一歩をしっかり踏まないわけにはいかない。

大学生活の半分を終えて帰ってくる日本もまた違った味があっていい。見慣れた級友もそれぞれの道を歩み、それを見て自分のやる気に繋がるいい夏休みである。自分の成長を感じるとともに、親が年齢を重ねている、という実感もわいてくる。一年ぶりに会った父は、覚えていたよりも白髪が増え、背中が丸かった。思い返せば、これまで私が辿って来た軌跡は、全て上り坂であった。高い私立校に行き、純日本人として海外の大学に行き、作家という不安定な職に就こうとしている。それもこれも自由に、そして他のことに気を取られずに集中してできたのは、父がずっと背中を押してきてくれたからだ。今はまだ坂のてっぺんは見えないが、後ろから押してくれる手がなくても、自分で上っていけるようになる日はそう遠くない。

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